子供心を忘れたくても忘れられないゲームオタクの日常

ひきこもりの生態 の記事一覧

ひきこもりを侮るな

2017.03.18 (Sat)
何でも良いからブログに書こうと思っていても、
さすがにどうでも良すぎることとか、
短すぎる内容だったら載せるのを控えてしまうね。
誰かに読まれてるって感覚を捨て去るのは、やり過ぎだが
たまにはそれを無視するのも良いかもしれない。

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…さて本題に入ると、ひきこもりのネットでの居場所って話だが
理想を語ると、ひきこもりだけのサイトがあればと思う。
精神的にまいってる人にとっての居場所というかね。
自分が安心して居られる場所があれば、
少しは頑張ろうって思えるかもしれないし、駄目だったとしても、
戻る場所があればまだ生きていこうとなるかもしれないし。
まぁ理想でしかないけどね。
そんなサイトを立ち上げる行動力のあるひきこもりは稀だろうし、
社会人だとそこまで本腰を入れる暇は無いだろうからな。

そんなわけでネットでの居場所は存外難しいかもしれないが
現実でそれを模索している団体はある。
多くの社会問題を具体的かつ、的確に指摘している、
ジャーナリストの池上正樹氏が紹介していたが
ひきこもりフューチャーセッション庵IORIの評判がすこぶる良い。
彼のように多方面に通じる有識者が参加する懇談会こそ、
ひきこもり当事者が一歩を踏み出すきっかけになるのだと感じた。
なんだかんだ言って、俺みたいなひきこもりには厳しい競争の世界だ。
過去の自分は大した結果も出せていない時に、
「俺はまだ本気出してないだけ」と本気で思い込んでいる、
意識高い系の駄目人間みたいなものだった。

人間は仕事や学校などの強制が無いと多少なりとも怠惰になる。
言い方を変えれば、社会で何らかの役割が期待されていれば、
自然と向上心が高まり、それなりに勤勉になるわけだ。
とは言え、正論やスタンダードな方法論などは
その大部分がひきこもりに向けてなど書かれてはいない。
正面突破で成功するのは常人であって、ひきこもりではないのだ。
だからルートを変えてみる必要性があるのかもしれない。
それを考えるひきこもりこそ、人生の開拓民であると言えるだろう。
ひきこもりを侮るな(小声)

まぁ俺の場合、そういう捨て身のチャレンジ精神は
退職してからになるんだろうけどね。
いや、俺の年齢でまともな会社に再就職なんて無理だから、
今ある職に力を注いでいる方が無難かつ、生産的かなと。
世の中、家族は勿論、親戚とか世間の目もあるからねぇ。
…とまぁ、ひきこもりは堅実派なのでしたw

ストロボラスト

2017.03.12 (Sun)
今、どこで何をしている?
部屋の中でゲームをしたり、ラノベを読み返したり、
萌えアニメのちょっとアレなシーンを期待しながら見ているのか?
あるいは地獄の血の池で釣りでもしているのか。
まぁ前向きな可能性はないだろうね。
何だかんだ言って、変える覚悟を全く持ってないから、
相変わらず他人に頼ることばかり考えて生きているんだろうね。
期待はもうそろそろゴミ箱に捨てないと駄目だな。

心の具合はどうだ?
もう病みすぎて逆に平気みたいになっているんじゃないのか?
少なくとも軽々しく「死」を連想させるような言葉を使う、
屈折した根暗野郎は好きにはなれない。
使えば使うほど薄っぺらくなる。
オオカミ少年と同じで、いざ自殺を実行した時、
誰一人こいつは死んだとは思わなくなっているだろうね。
まぁ相変わらず生ける屍を晒しているんだろうけどな。

ネットで自分と似たような人間を探すのは不毛だと分かったか?
以前は同類がたくさんいる感覚に浸れて安心感を得られただろうけど
結局はどうしようもない人間なほど傷は深まるだけだと思うよ。
探そうとすればするほど孤独に苛まれる閉塞感。
誰も堕落した日常になど興味は無くて、
前に向かって努力する姿を見受けられた方が良いという結論に至る。
自虐ネタの減り方から察するに、
いよいよ笑っていられる状況じゃなくなってきたんだろうな。
「自業自得」とは無能な罪人の最も嫌う言葉だ。
しっかり受け取っておけ。

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記事消化キャンペーンの一環ですw
更新が無いと、このブログを楽しみにしている人達に
心配をかけることになるからな(確信)
つか、絶対に何かの影響受けてるね、コレ。

2017年開始

2017.01.02 (Mon)
あけましておめでとうございます。
正月あるあるですが、実家の物置の掃除をしていたら
子供の頃のアルバムを発見して、それに見入っていました。
小学生の頃の運動会の写真を見ると、
腕はだらしなく下がり、全身から力が抜けている。
徒競走でスタートラインに立っている自分が
死にそうな顔をしていて自分事ながら心配になった。
順位についてはお察しと言ったところか。

俺の人生にはライバルなんて存在しない。
いるとしたら、それはテレビ画面に映る魔王や神くらいだ。
(それはそれで凄いが)
ただ最近になって、なぜ自分と似たような人間を探していたのか、
それが今、ようやく分かったような気がする。
自分はライバルという存在が欲しかったのだ。

ネット上ならば、近い境遇や波長を感じる人はそれなりにいる。
しかし、どこまでも自分を脚色できるネットでは信憑性が薄いし、
どこの誰だか分からない人間の言葉を真に受けるほど愚直でもない。
理論上、身近にいない人間同士で競うことなどできないわけだ。

そうなると結局は身近にいる人間と比較することになるわけだが
使い捨て同然のバイトや契約社員とは比較するだけ無駄だし、
同期にどちらが先に出世するかとライバル宣言したならば、
「え?なんだコイツ?」と相手にすらされないだろう。
それほどに、今現在、自分が身を置く環境の中では、
どっちつかずのオンリーワンになってしまう状況でしかない。
もはやそういう立ち位置なのだろうとあきらめている。
…なんだか書いていてテンションおかしくなってきた。

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ただ、自分なりの生き方のポリシーというのは存在していて、
具体的に表現すると身バレとかそういう心配があるので書けないが
自分の中で、こうありたいという高みは残っている。
果たしてその目標が達成された時、自分には何が残るのだろう。
…というわけで、答えはこれからという内容ですた(´・ω・`)

2016年を振り返る

2016.12.31 (Sat)
今日で一年も終わりなわけですが、
俺はいつもと何ら変わりのない一年でした。
変わらないっていうのが良い意味に捉えるか、
悪い意味に捉えるかは人それぞれでしょうね。
生きていれば良いとか言うけど、
それは満ち足りた人生を送る人か、
どうでもいいような人生を送る人かの二極化だから
そのどちらでもない自分にとっては何の意味も持たないかな。

まぁ人間なんて、自分と違う生き方を否定することで
ようやく自分の生き方を肯定できるようなのが大半じゃないかと。
更にコンプレックスの強い人ほどこの傾向は強まり、
文にするのは他人の悪口と自分の賞賛ばかり。
どんどん客観的な判断が衰え偏屈な人間になっていく。
それに比べれば冒頭の生き方をしている人こそ
健全に生きているのかもしれんね。
そんなシンプルな考え方ができない俺は、
人間社会の異端者であるひきこもりだからだろう。
生きても生きても雨。

たまに「でゅるわぁあああああぶるわっひゃ(ry」と
松来未祐ばりに叫びたくなる時がある。
風邪が身体的な辛さなら、今は精神的な辛さという感じ。
休んで自力でどうにかするしかないのがキツいね。
いい加減、抗体みたいなのができても良いんじゃないかと。
元々、精神的にもそこまでタフじゃない。
むしろガラスのハートだからな…

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老いを感じる30代も、空元気な40代も、感謝の心で明日は大吉。
あくまでも俺の思考の飛躍だ。
ひきこもり当事者からのささやかな抵抗と思われても仕方ない。
前述のようなことを思う俺の度量が小さいと笑ってくれ。
それでは皆様、良いお年を<(_ _)>

ミニ四駆を作ろう

2016.11.27 (Sun)
最近はFC~PS1辺りのレトロゲームを買うのが日課になっていて、
それらを総集編みたいに紹介しているサイトや動画を眺めていたら
ミニ四駆のゲームが紹介されていて、
なぜだか本物のミニ四駆が欲しくなるという謎現象に見舞われた。

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そんで俺が小学三年生辺りの頃に買った、
エンペラーを購入してみた。
コロコロコミックのドラゴンのロゴシールと、
トゲトゲのいかついタイヤが印象的だったから
数種類ある内の、多分このエンペラーだったと思う。
当時、近所のオモチャ屋の展示品を1500円くらいで買った。
…いや、俺は子供の頃から工作とか苦手だったんで。

まぁ結局、自分より少し年上の子供達がブームの主力で
俺の学年ではあんまり流行っていなくて
これ一台で俺のブームは終わったんだけどね。
それでも当時は少年誌で大々的に特集されていたな。
つか、今も第3次ブームらしいから連載してんのかな。

しかし、ミニ四駆の個人的な面白さを見だしたわ。
「走らせる」のではなく「組み立てる」ことこそが面白い!
これ一台作るのに2時間以上も集中して作ってたよw
この興奮まじりの集中力は高校生の頃まで遡るのだが
ジグソーパズルをやった時のような感覚かな。

そのパズルはFFでおなじみの天野喜考氏が描いた、
吸血鬼ハンターDのイラストで、
1000ピースで白と黒の占める割合が全体の8割だったと思う。
俺の効率が悪いってのもあると思うけど、これがほんと難しい。
数時間やっても外枠とその周辺くらいしか進まないだよね。
SFCのオリビアのミステリーでも48ピースだからな…
ただ、俺は作業とか嫌いじゃないので熱中できたんだよね。

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さて、また時間を見つけてコツコツ作っていきますよ!
完成した物はクリスマスも近いことだし、
甥にプレゼントすれば一石二鳥だな。
俺の薄っぺらいミニ四駆魂を甥に継承するw

まだ見ぬ勇者達へ

2016.11.06 (Sun)
何度か繰り返してるような記事になりますが
話題の乏しい俺が毎日新鮮取れ立ての記事をお届けするのは、
ひきこもりに対人スキルを要求するくらい、
無理なことなのでご了承ください。

ひきこもりの中にはブログを始めようとする気持ちはあるが
なかなか踏ん切りがつかない人はいたりするのかな。
俺は時間に余裕さえあれば、
ゲーム記事を延々と書き続けられるだろうけど
そうなったらもはや「ひきこもりは死ね」を
助長してしまうようなブログになってしまうだろうね。
まぁ今も大して変わらないのかもしれないけど…
でも、個人的にインドア派の人って文章力があるように感じるから
その才能を埋もれさせずにぜひともブログを始めてほしい。

勿論、ひきこもりにはネタの限界というものがある。
「今日は(も)何も書くような出来事はないので料理の話でもします」
困った時はこれだね、過去に俺もやった。
わりと検索にも強いし、某有名ゲームブロガーもやっている。
そのブロガーと違って俺には文才が無いからもうやらんけど。
まぁブログなんて他人がどう思うかなんて考えない方が良いね。
俺は無職になったらむしろ続けるつもりでいるし。
いや、だって「自分の働いて得たお金で何しようが勝手だろう」とw
正論には正論で論破可能なのですw

それとたまにアクセス解析を眺めて見るんだけど、結構興味深い。
ゲーム関連の検索は一日500件くらい検索されているんだけど
それよりも行く当てのない心の叫びを検索して
このブログにたどり着いた人達を勝手に戦友認定している。

人は誰かに存在を必要とされる時に幸せを感じるものだけど
言葉に出してくれる人ってあまりいないんだよね。
特に男性同士だとなかなかそういう話にはね。
自分の場合は会社の社長や上司に誉められるけど、
やっぱり誰かに認められるって凄いパワーになるね。
いやぁ、ほんと理想の良い上司達に恵まれて幸せだわ。
そういや学生の頃から先輩には恵まれていたな。
優しくて親切だったり、口下手な俺に構ってくれる先輩が多かった。

まぁ「事実は小説よりも奇なり」とは言ったもので
ガチのブログがネタ化したり、
ネタのブログがガチ(メンヘラ化)になることはあるので
ネット上ではそれほど他人に期待しない方が良いのではないかと。
いや、どこにでもいる社会人のおっさんでしかないのに、
閲覧者の反応が薄いことに腹を立てる人を見かけたことがあるんで。
私生活を書いて反響があるのは有名人だけですw
自分は単なる一般人であることを自覚しつつ、
変な下心を見せずに惰性で続けるくらいが一番良いと思う(´・ω・`)

極楽とんぼは尻切れとんぼ

2016.08.28 (Sun)
なるべくブログにポジティブなことを書いていきたいのもあるし、
この年になるとそれなりに自分のことも分かっているつもりなので
ネガティブな感情を抑えなきゃいけないなとも思ったりする。
それでも悲哀は自分なりに感じていたりするわけで
そういう感情が無いというのは嘘だし、当然感じていたりもする。

そんな中、最近の考えどころは休日のあり方についてだろうか。
好きなだけ寝て、好きな時間に起きる。
夜更かししても問題ないし、目覚まし時計をかける必要もない。
考えてみれば、まだ眠いのに自分にムチ打って目を覚ますなんて
この地球上で人間だけではないだろうか。
動物はたっぷりと寝て、自然に起きるのが普通だろう。
人間以外の動物には当たり前の生活が人間には出来ない。
「退職したら、自由な生活が送れる」と意気込んでいたら、
動物は生まれた時からずっとそうだった。
犬も猫も、長渕も清原も、動物達は皆本能の赴くままに生きている。

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モラルなど必要とされないこの腐敗した世界に何も思わない。
自分は今も昔も社会に馴染めないこともあり、
ずっと自由に憧れているし、他人に干渉されていたくはない。
おそらくその考えはこれから先も変わらない。
しかし、実際に自由を手に入れてしまうと、
予想していない現実も起こりえるのではないかと思うこともある。
自由すぎる故の悩みと言っていいかもしれない。
仕事で忙しければ余計なことを考える暇も無く、
とにかく家に帰って、休んで、また次の日に備える。

反対に自由を得ると、ゲームでも許容できない暇な時間が多くなり、
余計なことや、いらないことを考える時間も増えるだろう。
無職の犯罪者の多くが、くだらないことや自身の身勝手さ、
なにより理解不能な理由で犯罪を犯す人間が多いのも
このせいではないかと考える。
彼らには守るべきものが無いから本能の赴くままに生きてしまう。

考えの行き着く先は、人間、やはりバランスが大事だということ。
忙しすぎてもいけないし、暇すぎてもいけない。
自分はゲームをしながらも時間が足りないとか、
むしろ仕事が無いと生活バランスが崩れるとか、
矛盾していることを思ったりもする。
毎日が25時間だったなら、その1時間でゲームができるとか、
そんな無為な計画を妄想したりもする。

結局、無いものねだりのようなもので
こういう感じで悩みながら生きていくしかないのだろう。
とは言え、少なくとも戦争の無いこの国で
何の憂いもなく暮らせることに感謝しようとも思っている。
本当に自分の悩みなんて贅沢なものなのだから。

激しく儚い記憶のカケラ(当社比)

2016.08.13 (Sat)
よく発達障害をテーマに当事者を集めて話をする番組があるけど
発達障害側の人がアスペルガー症候群、
社会不安障害、学習障害と様々な障害を抱えた人達らしいんだが、
どの人もいたって普通と言うか、健常者だと感じることが多い。
最初は俺がそっち側の人間だからそう感じたのかもと思ったけど、
女性は結婚していたり、子供がいる人が大半だったな。

たまに見かける、ひきこもりの特集にしても
テレビに出演する人は単に働きたくないだけのニートだったり、
NPO団体に関わっていたりと、宣伝ぽくてどこか胡散臭い。
両者はひきこもり生活を具体的に語らないわりに、
趣味が旅行とか、釣りやドライブに行く話ばかりで
この人達、本当にひきこもり当事者なのかなと疑問に思った。
これじゃヤラセというか経歴偽称じゃないのかとw
まぁ、高齢の母親と暮らすニートの息子のドキュメント番組に
吉本芸人が当事者として出演するくらいだから
素人となるとその基準や信憑性は更に低くなりそうだ。
て言うか、ひきこもり番組の場合、ヤラセにすらなっていない。
釣り話だけに大きな釣り針ではあるがw

偏見になるかもしれないが、アスぺルガーにしたって
重度の人は入院していたり、ひきこもっている人もいるだろうけど
出演者にはそういう経験を語る人がいないのも共通。
人が怖いとか言うわりに家族以外の他人と同居していたりするし、
なんだかんだ言って、人付き合いが豊富だったりと違和感を覚える。
中にはツイッターでフォロワーを募っていたりする輩もいたりで、
お前はアスペルガー芸能人でも目指しているのかとw
自分も彼らのように生きられるなら、どんなに楽だっただろう。

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結局、こういう今はなんとか大丈夫になってるって人の話ばかりで
克服していない人には完全に見切りを付けている印象を受ける。
障害だって軽度と重度があるだろうし、
伝えるのは難しいかもしれないけど
軽度の人ばかり出して中途半端な番組にすると
心の病やひきこもりって単なる甘えだと認識される危うさがある。
俺には普通の人達の不幸自慢にしか思えなかった。
なんだか主題歌の悲壮な歌詞と本編のリア充っぷりが真逆な
エウレカセブンを彷彿とさせるモヤモヤ感があるんだよね。
ダンバインやイデオンくらいの鬱アニメじゃないと納得できないな。
…って、また途中から話が大きくそれるのは俺の悪い癖だな。

場面緘黙症の見える丘

2016.05.20 (Fri)
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人は常に自分が基準だからそう感じるのか、
他人の話や相談サイトで様々な悩みを見聞きすると
「俺の方がよっぽど悲惨な境遇じゃね?」と思うことが多々ある。
そのつど、自分は相当酷い部類に入るんだなと再認識させられる。
「楽しかった学生時代に戻りたい」とかよくあるけど
異性の友達がいるどころか普通に恋愛していたり、
グループでカラオケや遊園地に行ったりなんかして、
そんな楽しい思い出があるだけマシだったんじゃね?
自分は糞みたいな学生時代しか無かったよ。

自分の青春は静かな嵐のようだった。
不安、恐怖、苦悩、混乱、期待と希望を圧倒する否定。
授業よりも休み時間の方が苦痛で、いつも寝たふりをしていた。
当時は厨二病という言葉は無かったが、
自己防衛本能だろうか、それを発症して、
自分は「孤独」なのではなく「孤高」なのだと思い込んでいた。

とにかく性急に生きる意味を知りたくて迷走していた。
どうすれば良かったのか考えてみても
俺の性格や能力では無理ゲーだったという結論に至る。
だから机の中にタイムマシンがあったとしても
過去に戻ってやり直そうとは思わない。
こういうことを書くと批判の対象になるかもしれないけど
ゲームばかりとは言え、今現在の方がよっぽどマシなんだよね。
まぁ、そう思える自分が少し悲しいんだけど…

例えどんなに過酷で困難な状況にあったり、
まともではない生活環境にあったとしても、
当人が幸せだと思えばそれは幸せだし、またそれとは逆に、
他人から見てどれほど恵まれたような人であったとしても、
当人が幸せではないと感じているのなら
それは間違いなく幸せではない。
結局、幸せというのは他人が決めるものではなくて、
いかなる状況であろうと自分の考え方や心の持ちよう次第で
幸せにも不幸にもなり得るのではないだろうか。

…とまぁ、多少関連させて俺の救いの無い人生を
覗き見した気分になれるような記事を書いて思ったが、
自分のブログを読み返すと、考察や鬱記事の後に、
テンションの高い悪ふざけのゲーム記事があったりするから
変な奴に思われているかもしれない。
でもまぁ今更だし、実際変な奴だからいいんだけど。
そもそも人生って平坦な道じゃないし、
理想の自分を演じ続けたらブログって続かない気がするのよね。

ストロボハロー

2016.04.16 (Sat)
普段からよく閲覧しているゲームブログが閉鎖していた。
ゲームブログで面白いと感じた数少ないブログだったのに。
ほぼ毎日と更新頻度が高く、
記事内容もハイテンションな感じだったから燃え尽きたか。
あまり力を入れすぎては駄目なのかもしれんね。
そもそも社会人に書ける時間は限られているわけだし、
日常系のブログで毎日更新は短期間で終わるフラグだと思う。

好みにあったブログがまた一つ消えていくな…
更新を気にしてるブログは数えるほどしかないが、
定期購読を決める条件というか、その趣向が狭すぎるからな。
ゲーム好きの他愛のないオタクな日常を
拙い文章でもいいから読みたいだけなのに。
どうにも自分の好みや波長の合うブログほど閉鎖されるという…

日本では一般的に順調な人間が仕事を辞めれば待つのは衰退。
おいそれと仕事を辞めるわけにはいかない。
そんな時、一番初めに切り捨てられるのはブログとなる。
ブログを飽きたという理由でやめる人は幸せだ。
逆にブログを続けたいのに、様々な事情から
泣く泣くやめざる得ない人には同情する。

ブログも人生と一緒で周囲の人間を意識することになる。
今はネットというものがあるから、万人に表現の門戸が開かれている。
それは良いことなんだけど、自己表現とは
常に他人との競争を強いられるものだから、ある意味では孤独だ。
例えば、ブログ村なんかで同じカテゴリにいる者同士では、
競争意識や思考の違いからイザコザが起こる場合は珍しくはない。
(以前登録していたゲームカテゴリはそういうことは無かったが)

日常系や思想系のブログをやっている人は、
ブログ村に登録するデメリットくらいは心がけておいた方が良い。
言い方は悪いがカテゴリによっては精神病院みたいなもの。
そして喧嘩は同じレベルの人間でしか起こらない。
その後はブログを閉鎖かパスワード制の限定記事にして、
ネットの中でもひきこもるのが関の山(´・ω・`)9m

kenmomen.jpg

自業自得とは言え、必要以上に感情移入してしまって、
泣けてくるとか、こないとか。
いや、ブログなんて人に閲覧されてナンボなのに、
そうなったら本末転倒でしょw
俺の場合はもはや日常の一部だし、どんな内容でも書くかって感じで
こうして適当に思いついたことを自由に書けているね。
俺が毎日閲覧してるブログの更新がないと残念な気持ちになるように
このブログもそう感じる人が中にはいるのではなかろうか。
…あ、自惚れですか、そうですか。
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