子供心を忘れたくても忘れられないゲームオタクの日常

ひきこもりの生態 の記事一覧

真性

2017.10.14 (Sat)
ひきこもり脳というのは妄想にどっぷりと浸かり、
現実生活に支障をきたす脳のことらしい、つまり俺のことか。
目の前の現実よりも、ゲームやネットが映し出す虚構の世界や、
目を瞑り、脳裏で創造した世界を見る方が多い俺のことか。
最近は長期に渡るひきこもり度合いが重度となっているせいか、
ふとした瞬間に「ひきこもり、ひきこもる」とつぶやいたり、
笑い声が「ヒキキw」になっていたりする。
…うん、まぁ我ながら酷い状態だな。

毎日それなりの閲覧数があるので(9割はゲーム記事の検索からだが)
なるべくなら更新はしていきたいと思っているんだけど
日常の出来事があまり無いのが困りものです。
あったことを何でも良いから書くつもりでやっているわけですが
毎日、同じようなことをして過ごしてる感じで
事細かに記していったら、コピペの繰り返しみたいな中身になりそう。
つか、気持ちの上昇と下降を繰り返していて内容的にはコピペ同然か…

ブログ開始当初は色々と浮かんできたりはしていたが
最近はゲームをクリアして書かない内に意欲が喪失していって
離れていってしまうようになっている。
もしもの空想として、生活を完全に保証されて、
好きなゲームを好きなだけやっていいと言われても、
一日で進められるのは昔と比べて少ない思う。
これは「最近のゲームは~」とかいう懐古主義的なものではなくて
単に自分の熱意というか、まぁ気分的なものじゃないかと…
(自分は今でもFCからPS4までプレイしているので)

逆に不安感だけはどんどんと積み上がっている気がする。
楽しさを感じる感覚が鈍くなってるのか、
少々、気分が上向かない状態が続いて考えることがマイナスとなって
それで自己嫌悪が強くなってしまったり。
「死ぬ」まではいかないけど「死にたい」と思う程度には
不安が強まった時には出てきてしまう。
大して眠くないのに寝たり、
一日の半分以上そうやって繰り返していると、
それが当然みたいな生活スタイルが体に刻み込まれるのか、
徐々に一日の生活時間が削られていってる気がする。
こんな弱音を吐くばかりだと、イラつかれそうですが…(´ω`ll)

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何かに熱中したり本気になるということ

2017.09.11 (Mon)
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とよ田みのるの漫画「FLIP-FLAP」を読んで思ったことを書こうかと。
元々、自分は娯楽やオタク文化を題材にした作品は、
それらしいギャルゲー風味のADVでいいよって感じなんだけど
いつも見ているブログで紹介されていて面白そうだったので
Kindleでセール中ということもあり読んでみた。
つか、もう十年近く前の作品なんだな…
絵が凄く好みだから書店で見かけたらジャケ買いしていたと思うw

この漫画はピンボールを題材にした作品。
これと言って何もない日々を淡々と生きているような、
地味な高校生の深町が、卒業式に奮起して山田華に告白。
なんと、彼女からはOKが!
ただし、条件があります…?
それはゲームセンターのピンボールで
誰も抜くことのできないハイスコアを更新すること。
山田はピンボールが大好きな女の子だったのだ。

それから深町はピンボールと深く関わっていくことになる。
ゲームセンターの店長である山田のおじいちゃんや、
山田から同じ条件を出されて
ピンボールをしている彼氏候補の井森など、
様々な人物と関わり、ピンボールをプレイしていく。

作中でも語られていますがピンボールは無意味なゲームです。
ピンボールはゲームでも色々と発売されているけど
どれも基本は球を弾いてハイスコアを目指すだけ。
個人的な意見だがスペースインベーダーのような空しさを感じる。
ピンボールもスペースインベーダーも
何かの合間にやるものであって黙々とプレイしていたら相当空しい。
ハイスコアを更新すれば付き合える条件はあるものの、
考えてみれば冗談のようなものだ。
こんな無意味なゲームをなぜ続けるのか?
ハイスコア更新しても、それが何なのか?
その答えの一つが、楽しいからだと思う。
「ただ心が震える」から。

でも、きっとそれだけでは飽きてしまうとも思った。
特に現代は娯楽で溢れ返っている。
アニメ、ゲーム、スポーツ、読書、楽しいことがいっぱい。
だから熱中してそれを続けていくためには他の条件が必要になる。
それは「誰かと一緒にやる」ということ。
そして、そんな自分を受け入れてくれる場所があるということ。

ピンボールをシングルプレイする時は孤独だけど
深町は一人ではなかった。
山田、店長、井森、ゲーセン仲間とゲームセンターに集まり、
大会に出たり、アメリカのピンボールエキスポに行ったりする。
深町自身がピンボールのセンスがあり、
その面白さにハマッていったとしても、
おそらく一人では続けられなかったんじゃないだろうか。
自分を受け入れてくれる仲間がいること、そういう場所があること。
何かを続けていくためには、そういうことが必要なんだと、そう思う。
俺は一人でも人生を楽しめる性格だけど、
世の中には一人では楽しめないことは多いと思うから。

深町がハイスコアを抜けないと
「この一年は全くの無駄」と言ったのに対し、
山田は「この一年は楽しかった」と満足げに言う。
また、お金が無くなった深町に「金なら俺達が貸す」と
井森やゲーセン仲間がお金を貸すシーン。
「そんなことして僕がハイスコアを抜いたら、
僕が山田さんと付き合うことになって、
みんなの努力も無意味じゃないか」と言う深町。
それに対して「無意味じゃないさ。
この一年、深町くんと一緒に遊んで楽しかったよ。
できるならハイスコアを抜いた後もまた遊びたいね」と言う井森。
ここはもう号泣ですよ。
思い出して涙目になりながらこれを書いています。

それと作中に出てきた好きな言葉に、
「本気でやってる人間は、それだけで人を魅きつけるんです」
これは心に響いた。
上手くなくても、本気でやってる人は一緒いて楽しいもの。
まぁ甥とゲームをしている時の話なんだけどw
今の自分には、と言うか、昔から友達なんていませんでしたが
あきらめずにそういうものを探したいと思います。
…話が脱線しました!!
こんな感じに自分の人生の中のどのような状況で
アニメやゲームに出会うかってのは結構重要だと思う。
自分なりに、この漫画を通して
どうしたら何かに熱中することができるのか考えさせられたね。
何かに熱中すること、誰かと共に遊ぶこと、
その喜びを教えてくれた本当に良い作品だった。

自分語りフォーエバー

2017.06.15 (Thu)
最近は仕事が忙しすぎてゲームをプレイする時間が
少なくなってしまっている。
時間が無いというのもあるが帰宅後は疲れ果てて
ゲームをする気が起きなかったりとか、
とりあえず始めてもすぐにやめてしまうとか。

自分にとってゲームをプレイする時間は無駄ではないのに
適当な動画を垂れ流して横になっていることが多く、
気力と体力の衰えを感じている。
父親がテレビを付けっぱなしで寝ているのが
今になってようやく分かるようになった。
…なんか納得させられる言い分とか欲しかったりするが
結局は何を言おうが屁理屈にしかならないか。

何というか、かなりの駄目人間アピールにしかなってないよな…
かといって努力しているニュアンスを書けるようなことはしてないし、
頑張ろうにも何からすればいいんだって思ったりする。
毎日同じような生活しかしていないせいか、
ふと、知らない土地に行って生きてみたいとか考えたりする。
上手くいく可能性は限りなく低いし、結局、ひきこもるんだろうけど。
行きにくいし、生きにくいね。
もういっそのこと、記憶喪失にでもなりたいね。

こんな行き過ぎた自虐は人をイラつかせるんだろうが
こうでもしないともっと辛くなるから許してください。
何もしない休日は自責の念にかられるし、
具体的にどう怖いんだとかは説明し難いんだけど
どうしようもない状態になっている、どうしようもない奴です…

相談相手が欲しいね。
身近に本音をぶつけられるような相手がいない。
家族だと言った後にどうなるか心配でできないヘタレ。
一人だとネガティブなことしか浮かばないから、
誰か似た境遇の人と話したいと思ったりする。
何でもいいから話せれば考え方が広がるというか、
ネガティブな思考は誤魔化せそうだし…

まぁ俺はドラクエ1の勇者のように仲間はいないし、
職場にしても仕事以外の話題に乏しい人間だし、
ツイッターのようなリア充ツールは心の毒でしかないので
これから先もそんな相手を得ることは無いかなと。
思えば、小学生の頃まで記憶を遡ると…

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たまに思う疑問

2017.05.06 (Sat)
とあるひきこもり支援サイトの動画配信で、
ネット環境の無いひきこもりは何をしてるのか的な質問をしていたが
ネットで聞いてる時点でそんなの分かるわけないだろと、
半ば呆れながらそんなツッコミを思いつつ、
即座に過去の話なら可能だなと思い、自分ツッコミ。
一つの例として、ネット環境の無かった頃の話をしようかと思う。
実家に戻って携帯を手にするまでは無かったも同然だからね、俺も。

この手の話は定期的に書いているのだが
誰も読んでいないという勝手な憶測をして書かせて頂く。
いつもより妙に文章がクドくなっている気がするが
今しがた読んだ高校時代の国語の教科書のせいかもしれないし、
気分の問題なだけかもしれないので気にしないでもらいたい。

それは15年以上昔まで遡るが、テレビとゲームが中心の生活だったな。
不登校になり立ての頃にようやくテレビを見始めたという感じ。
ワンピースやナルト、星のカービィなんかを見て、
アニメ以外ではボクシングやK-1なんかを見ていたりしたね。
それとローカル番組で地元のプロレス団体の試合を垂れ流していて
小学生の喧嘩のようなふざけた団体だったのでよく見ていた。
昼は、いいともを見て、夜はバラエティ番組なんかも見ていた。

ひきこもりとは思えないほどアグレッシブな番組の数々…
つか、多少の惰性はあったにしても
よくバラエティを見られたもんだと自分で思う。
今じゃ、バラエティなんて不快感すら沸いてきて、
学生やリア充が楽しむもんだと思っているくらいなのに。
まぁ当時の俺は「純粋」で「良い人」だったんだろうね。
不幸を感じないくらいに鈍感になっているという可能性もあるが
若い頃ならともかく、30代以降のひきこもりで
バラエティを楽しんでる人はよほどな人だと思う。

ゲームはPS1やPS2、GCのゲームを買い漁っていた。
これまで勉強する時間が大半で、お金を使うことが無かったが
無職になることで生活が逆転し、好きな分だけお金を使うようになった。
週に2、3本くらいはゲームを買っていたな。
毎日ゲームを10本くらい遊ぶヘビロテ。
今とは違って積むようなことはせず、全てプレイしていたっけ。
スパロボF完結編をクリアするくらいだからどんだけ暇だったと言う…
それでも半日以上寝ているんだけど、時間があり余っているのよね。
それとこの頃は若かったせいか、
何度でも楽しめる体力と気力があったんだな、としみじみ…
…あ、ゲームの話ですよ?

話を戻すと、たまに「ネットが無いとひきこもれない」みたいな
そんな意見を目にするがこういうのは俺は間違った認識だと思う。
ネットなんて一因にしかならないだろうし、
それが理由だとひきこもりはネットの無い時代にはいないことになる。
自分はテレビに使う時間がネットに変換されただけだしね。
「世間一般のイメージ」に合う人もいるかもしれないけど
「ひきこもり=不幸」って結びつける世の風潮ってなんだろうね。
当事者が語るならそれはそうなんだろうと納得できるけど、
関係のない第三者やメサコンにそう認定されるのはどうかと思う。
そりゃ社会的に孤立するリスクはあるけど、
人によっては社会で生きる方が断然辛いって人はいると思うよ。
社会に出ても孤独な人間は孤独のままって例もあるとご理解頂きたい。

君のいない人生、夢なんてない人生。
むしろ夢の終わりどころか、人生の終わりしか残ってないね。
俺の誰かとの絆とやらは一体どこにあるんだろうね。
もし良い価値観を持つ人に出会えば、
それに影響されたりするのかもしれないけど…
俺も心が清らかな美少女に出会ったら、何か変われるかもしれないな。

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ひきこもりを侮るな

2017.03.18 (Sat)
何でも良いからブログに書こうと思っていても、
さすがにどうでも良すぎることとか、
短すぎる内容だったら載せるのを控えてしまうね。
誰かに読まれてるって感覚を捨て去るのは、やり過ぎだが
たまにはそれを無視するのも良いかもしれない。

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…さて本題に入ると、ひきこもりのネットでの居場所って話だが
理想を語ると、ひきこもりだけのサイトがあればと思う。
精神的にまいってる人にとっての居場所というかね。
自分が安心して居られる場所があれば、
少しは頑張ろうって思えるかもしれないし、駄目だったとしても、
戻る場所があればまだ生きていこうとなるかもしれないし。
まぁ理想でしかないけどね。
そんなサイトを立ち上げる行動力のあるひきこもりは稀だろうし、
社会人だとそこまで本腰を入れる暇は無いだろうからな。

そんなわけでネットでの居場所は存外難しいかもしれないが
現実でそれを模索している団体はある。
多くの社会問題を具体的かつ、的確に指摘している、
ジャーナリストの池上正樹氏が紹介していたが
ひきこもりフューチャーセッション庵IORIの評判がすこぶる良い。
彼のように多方面に通じる有識者が参加する懇談会こそ、
ひきこもり当事者が一歩を踏み出すきっかけになるのだと感じた。
なんだかんだ言って、俺みたいなひきこもりには厳しい競争の世界だ。
過去の自分は大した結果も出せていない時に、
「俺はまだ本気出してないだけ」と本気で思い込んでいる、
意識高い系の駄目人間みたいなものだった。

人間は仕事や学校などの強制が無いと多少なりとも怠惰になる。
言い方を変えれば、社会で何らかの役割が期待されていれば、
自然と向上心が高まり、それなりに勤勉になるわけだ。
とは言え、正論やスタンダードな方法論などは
その大部分がひきこもりに向けてなど書かれてはいない。
正面突破で成功するのは常人であって、ひきこもりではないのだ。
だからルートを変えてみる必要性があるのかもしれない。
それを考えるひきこもりこそ、人生の開拓民であると言えるだろう。
ひきこもりを侮るな(小声)

まぁ俺の場合、そういう捨て身のチャレンジ精神は
退職してからになるんだろうけどね。
いや、俺の年齢でまともな会社に再就職なんて無理だから、
今ある職に力を注いでいる方が無難かつ、生産的かなと。
世の中、家族は勿論、親戚とか世間の目もあるからねぇ。
…とまぁ、ひきこもりは堅実派なのでしたw

ストロボラスト

2017.03.12 (Sun)
今、どこで何をしている?
部屋の中でゲームをしたり、ラノベを読み返したり、
萌えアニメのちょっとアレなシーンを期待しながら見ているのか?
あるいは地獄の血の池で釣りでもしているのか。
まぁ前向きな可能性はないだろうね。
何だかんだ言って、変える覚悟を全く持ってないから、
相変わらず他人に頼ることばかり考えて生きているんだろうね。
期待はもうそろそろゴミ箱に捨てないと駄目だな。

心の具合はどうだ?
もう病みすぎて逆に平気みたいになっているんじゃないのか?
少なくとも軽々しく「死」を連想させるような言葉を使う、
屈折した根暗野郎は好きにはなれない。
使えば使うほど薄っぺらくなる。
オオカミ少年と同じで、いざ自殺を実行した時、
誰一人こいつは死んだとは思わなくなっているだろうね。
まぁ相変わらず生ける屍を晒しているんだろうけどな。

ネットで自分と似たような人間を探すのは不毛だと分かったか?
以前は同類がたくさんいる感覚に浸れて安心感を得られただろうけど
結局はどうしようもない人間なほど傷は深まるだけだと思うよ。
探そうとすればするほど孤独に苛まれる閉塞感。
誰も堕落した日常になど興味は無くて、
前に向かって努力する姿を見受けられた方が良いという結論に至る。
自虐ネタの減り方から察するに、
いよいよ笑っていられる状況じゃなくなってきたんだろうな。
「自業自得」とは無能な罪人の最も嫌う言葉だ。
しっかり受け取っておけ。

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記事消化キャンペーンの一環ですw
更新が無いと、このブログを楽しみにしている人達に
心配をかけることになるからな(確信)
つか、絶対に何かの影響受けてるね、コレ。

2017年開始

2017.01.02 (Mon)
あけましておめでとうございます。
正月あるあるですが、実家の物置の掃除をしていたら
子供の頃のアルバムを発見して、それに見入っていました。
小学生の頃の運動会の写真を見ると、
腕はだらしなく下がり、全身から力が抜けている。
徒競走でスタートラインに立っている自分が
死にそうな顔をしていて自分事ながら心配になった。
順位についてはお察しと言ったところか。

俺の人生にはライバルなんて存在しない。
いるとしたら、それはテレビ画面に映る魔王や神くらいだ。
(それはそれで凄いが)
ただ最近になって、なぜ自分と似たような人間を探していたのか、
それが今、ようやく分かったような気がする。
自分はライバルという存在が欲しかったのだ。

ネット上ならば、近い境遇や波長を感じる人はそれなりにいる。
しかし、どこまでも自分を脚色できるネットでは信憑性が薄いし、
どこの誰だか分からない人間の言葉を真に受けるほど愚直でもない。
理論上、身近にいない人間同士で競うことなどできないわけだ。

そうなると結局は身近にいる人間と比較することになるわけだが
使い捨て同然のバイトや契約社員とは比較するだけ無駄だし、
同期にどちらが先に出世するかとライバル宣言したならば、
「え?なんだコイツ?」と相手にすらされないだろう。
それほどに、今現在、自分が身を置く環境の中では、
どっちつかずのオンリーワンになってしまう状況でしかない。
もはやそういう立ち位置なのだろうとあきらめている。
…なんだか書いていてテンションおかしくなってきた。

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ただ、自分なりの生き方のポリシーというのは存在していて、
具体的に表現すると身バレとかそういう心配があるので書けないが
自分の中で、こうありたいという高みは残っている。
果たしてその目標が達成された時、自分には何が残るのだろう。
…というわけで、答えはこれからという内容ですた(´・ω・`)

2016年を振り返る

2016.12.31 (Sat)
今日で一年も終わりなわけですが、
俺はいつもと何ら変わりのない一年でした。
変わらないっていうのが良い意味に捉えるか、
悪い意味に捉えるかは人それぞれでしょうね。
生きていれば良いとか言うけど、
それは満ち足りた人生を送る人か、
どうでもいいような人生を送る人かの二極化だから
そのどちらでもない自分にとっては何の意味も持たないかな。

まぁ人間なんて、自分と違う生き方を否定することで
ようやく自分の生き方を肯定できるようなのが大半じゃないかと。
更にコンプレックスの強い人ほどこの傾向は強まり、
文にするのは他人の悪口と自分の賞賛ばかり。
どんどん客観的な判断が衰え偏屈な人間になっていく。
それに比べれば冒頭の生き方をしている人こそ
健全に生きているのかもしれんね。
そんなシンプルな考え方ができない俺は、
人間社会の異端者であるひきこもりだからだろう。

たまに「でゅるわぁあああああぶるわっひゃ(ry」と
松来未祐ばりに叫びたくなる時がある。
風邪が身体的な辛さなら、今は精神的な辛さという感じ。
休んで自力でどうにかするしかないのがキツいね。
いい加減、抗体みたいなのができても良いんじゃないかと。
元々、精神的にもそこまでタフじゃない。
むしろガラスのハートだからな…

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老いを感じる30代も、空元気な40代も、感謝の心で明日は大吉。
あくまでも俺の思考の飛躍だ。
ひきこもり当事者からのささやかな抵抗と思われても仕方ない。
前述のようなことを思う俺の度量が小さいと笑ってくれ。
それでは皆様、良いお年を<(_ _)>

ミニ四駆を作ろう

2016.11.27 (Sun)
最近はFC~PS1辺りのレトロゲームを買うのが日課になっていて、
それらを総集編みたいに紹介しているサイトや動画を眺めていたら
ミニ四駆のゲームが紹介されていて、
なぜだか本物のミニ四駆が欲しくなるという謎現象に見舞われた。

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そんで俺が小学三年生辺りの頃に買った、
エンペラーを購入してみた。
コロコロコミックのドラゴンのロゴシールと、
トゲトゲのいかついタイヤが印象的だったから
数種類ある内の、多分このエンペラーだったと思う。
当時、近所のオモチャ屋の展示品を1500円くらいで買った。
…いや、俺は子供の頃から工作とか苦手だったんで。

まぁ結局、自分より少し年上の子供達がブームの主力で
俺の学年ではあんまり流行っていなくて
これ一台で俺のブームは終わったんだけどね。
それでも当時は少年誌で大々的に特集されていたな。
つか、今も第3次ブームらしいから連載してんのかな。

しかし、ミニ四駆の個人的な面白さを見だしたわ。
「走らせる」のではなく「組み立てる」ことこそが面白い!
これ一台作るのに2時間以上も集中して作ってたよw
この興奮まじりの集中力は高校生の頃まで遡るのだが
ジグソーパズルをやった時のような感覚かな。

そのパズルはFFでおなじみの天野喜考氏が描いた、
吸血鬼ハンターDのイラストで、
1000ピースで白と黒の占める割合が全体の8割だったと思う。
俺の効率が悪いってのもあると思うけど、これがほんと難しい。
数時間やっても外枠とその周辺くらいしか進まないだよね。
SFCのオリビアのミステリーでも48ピースだからな…
ただ、俺は作業とか嫌いじゃないので熱中できたんだよね。

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さて、また時間を見つけてコツコツ作っていきますよ!
完成した物はクリスマスも近いことだし、
甥にプレゼントすれば一石二鳥だな。
俺の薄っぺらいミニ四駆魂を甥に継承するw

まだ見ぬ勇者達へ

2016.11.06 (Sun)
何度か繰り返してるような記事になりますが
話題の乏しい俺が毎日新鮮取れ立ての記事をお届けするのは、
ひきこもりに対人スキルを要求するくらい、
無理なことなのでご了承ください。

ひきこもりの中にはブログを始めようとする気持ちはあるが
なかなか踏ん切りがつかない人はいたりするのかな。
俺は時間に余裕さえあれば、
ゲーム記事を延々と書き続けられるだろうけど
そうなったらもはや「ひきこもりは死ね」を
助長してしまうようなブログになってしまうだろうね。
まぁ今も大して変わらないのかもしれないけど…
でも、個人的にインドア派の人って文章力があるように感じるから
その才能を埋もれさせずにぜひともブログを始めてほしい。

勿論、ひきこもりにはネタの限界というものがある。
「今日は(も)何も書くような出来事はないので料理の話でもします」
困った時はこれだね、過去に俺もやった。
わりと検索にも強いし、某有名ゲームブロガーもやっている。
そのブロガーと違って俺には文才が無いからもうやらんけど。
まぁブログなんて他人がどう思うかなんて考えない方が良いね。
俺は無職になったらむしろ続けるつもりでいるし。
いや、だって「自分の働いて得たお金で何しようが勝手だろう」とw
正論には正論で論破可能なのですw

それとたまにアクセス解析を眺めて見るんだけど、結構興味深い。
ゲーム関連の検索は一日500件くらい検索されているんだけど
それよりも行く当てのない心の叫びを検索して
このブログにたどり着いた人達を勝手に戦友認定している。

人は誰かに存在を必要とされる時に幸せを感じるものだけど
言葉に出してくれる人ってあまりいないんだよね。
特に男性同士だとなかなかそういう話にはね。
自分の場合は会社の社長や上司に誉められるけど、
やっぱり誰かに認められるって凄いパワーになるね。
いやぁ、ほんと理想の良い上司達に恵まれて幸せだわ。
そういや学生の頃から先輩には恵まれていたな。
優しくて親切だったり、口下手な俺に構ってくれる先輩が多かった。

まぁ「事実は小説よりも奇なり」とは言ったもので
ガチのブログがネタ化したり、
ネタのブログがガチ(メンヘラ化)になることはあるので
ネット上ではそれほど他人に期待しない方が良いのではないかと。
いや、どこにでもいる社会人のおっさんでしかないのに、
閲覧者の反応が薄いことに腹を立てる人を見かけたことがあるんで。
私生活を書いて反響があるのは有名人だけですw
自分は単なる一般人であることを自覚しつつ、
変な下心を見せずに惰性で続けるくらいが一番良いと思う(´・ω・`)
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